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横浜地方裁判所 昭和49年(ヨ)405号 決定 1974年6月15日

債権者 株式会社 横浜港北新報社

右代表者代表取締役 斉藤増次郎

右訴訟代理人弁護士 中丸荘一郎

債務者 港北を住みよくする会

右代表者会長 阿部春男

右訴訟代理人弁護士 岡昭吉

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨および理由

本件申請の趣旨および理由は別紙のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  債務者の当事者能力について

本件疎明資料によれば、債務者は、昭和四一年に「阿部春男を励まし地方自治に貢献する友の会」として発足し、昭和四二年右阿部春男の神奈川県議会議員選挙当選を機に現在のように組織を改めた団体であって、会長阿部春男の後援団体たる性格と地域住民運動団体たる性格を合わせ有していること、債務者は会則を有し、右会則において、事業目的を定めるとともに、会議として(イ)総会、(ロ)幹事会、(ハ)常任幹事会、役員として(イ)会長、(ロ)副会長、(ハ)事務局長、(ニ)事務局次長、(ホ)会計、(ヘ)常任幹事、(ト)幹事を設け、経費は会費および寄付金でまかなう旨を定めていること、債務者の会員数は現在約一、〇〇〇名ないし約一、五〇〇名であること、以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、債務者は、一応団体としての組織を有し、構成員の変更にかかわらず団体として存続するもので、社団としての特質を備え、総会等の会議においては多数決の原則が行なわれているものと推認され、財産の管理についても一応の定めがなされ、かつ、会長を代表者として活動していることが明らかであるから、民事訴訟法四六条にいう法人に非ざる社団にして代表者の定めあるものとして、当事者能力を有するというべきである。

二  本件仮処分申請の当否について

一般に、違法な名挙毀損行為がなされた場合においては、被害者は加害者に対して損害賠償請求権を取得するとともに、これに代えまたはこれとともに名誉回復のための処分を請求できることはいうまでもないが、一旦名誉毀損の結果が生じてしまうと、事柄の性質上、右のような事後的な救済手段をもってしては、その完全な回復をはかることがきわめて困難であるから、名誉侵害が現に行なわれ、あるいは行なわれるおそれがあるときは、人格権に基づく妨害排除もしくは妨害予防請求として、侵害行為の差止、すなわちその停止、除去を請求することができる場合のあり得ることはこれを肯定せざるを得ない。しかしながら、他方、名誉侵害は言論その他の表現行動によってもたらされるものであるから、憲法二一条一項によって保障された表現の自由と深く関り合うものであり、また、裁判所の命令による事前差止は同条二項に定められた検閲の禁止とも関連すると考えられるから、右侵害行為の事前差止が認められるための要件については、右の憲法上の要請と調和するようきわめて慎重な考慮を要するというべきであって、侵害行為が事実の摘示を含むか、それとも評論にとどまるか、摘示された事実が公共の利害に関する事実であるか否かなど、侵害行為の内容、表現の手段、方法等侵害行為の態様、摘示された事実の真実性の有無、侵害行為がなされるに至った経緯と加害者の主観的な意図、加害者、被害者双方の関係ならびに社会的地位等一切の事情を総合的に考慮して、侵害行為が明らかに表現の自由の濫用にあたるなど高度の違法性を有すると認められる場合に限り、その事前差止を認めるのが相当であり、さらに、右差止請求権が本件のように保全訴訟において行使されるときには、被保全権利の疎明のほか、保全の必要性(民事訴訟法七六〇条)の疎明を要することはいうまでもない。

そこでこれを本件についてみるに、疎明資料によれば、債権者が頒布等の差止を求める本件印刷物の趣旨とするところは、債権者の発行する週刊新聞「横浜緑港北新報」が社会の公器としての中立性を欠き、故意に事実を歪曲したり、捏造して報道を行なっているとし、昭和四四年以来事実無根の記事をもって中傷、誹謗を重ねられてきたとする債務者の会長阿部春男が、債権者を相手どって慰藉料の支払と名誉回復を求める民事訴訟を提起し、あわせて刑事事件として債権者の処罰を請求したことを報告するとともに、前記新聞の報道によって被害を受けた者が大同団結して債権者に対抗するために被害者同盟を結成すべきことを呼びかけ、右同盟への加入とカンパ活動に対する協力を求める点にあると一応認められるが、他面、前記新聞が故意に事実を歪曲したり、捏造したりする「デマ新聞」であり、「非民主的ないまわしい新聞」であるなどと指弾し、さらに「この新聞と結托(ママ)しボロもうけをしてきた悪徳スポンサー」がいるとし、あたかも債権者が「悪徳スポンサー」と結託した悪徳新聞であるかのような印象を与える点において、債権者の社会的評価を貶し、名誉を侵害する内容の印刷物であることは否定できない。しかしながら、疎明資料によれば、昭和四五年一一月訴外古河電気工業株式会社が農道を不法に占拠したとして農道遮断反対同盟から告発された事件について、前記新聞の同年一二月三日付紙面に、「奇妙な古河告発事件」「訴えられてる被害者」「一役買っているか県議」なる見出しの下に、右事件の被害者はむしろ古河電工であるとし、前記阿部春男は「黒いウズのトラブル・メーカー」に仕立てられており、この事件はあるいは恐喝事件に発展するかも知れない旨の記事が掲載されたほか、同月二四日付紙面には、「本社で法的措置検討」「阿部県議を告訴など」なる見出しの下に、前記事件について阿部春男が県議会議員の地位を利用して一部の「農道遮断反対同盟」の利益をはかりつつある疑いが濃厚であり、同人が右同盟等から金品を受け取ったり、供応を受けているとすれば、県議の汚職事件ともなるので、本格的に調査をして、その結果次第では「黒い霧事件」として告発することを検討する、また、右事件に関して前記反対同盟等が古河電工に対して金品等を強要した疑いがあり、これと阿部県議との関連についての資料を収集して、古河電工が告訴すれば、本社も告発する態度を固めるべく、さらに検討することになった旨の記事を掲載し、その後も再三にわたり間接的な表現ながら阿部春男を中傷誹謗するかの如き内容の記事を掲載してきたこと、債務者による本件印刷物の頒布は、右記事掲載に触発され、これに対抗する目的の下に行なわれたもので、いわば防衛的な措置であることが一応認められ、債務者ないしその代表者阿部春男においてことさらに債権者の名誉を毀損する意図があったものと認めるに足りる疎明資料はない。

しかして、右にみたような本件印刷物の趣旨、内容、債務者が本件印刷物を頒布するに至った経過および目的に加えて、債権者が発行部数六、〇〇〇にのぼる前記新聞の発行人であって、本件印刷物等による債務者もしくは阿部春男の主張に対する自己の立場ないし見解を、その紙面によって読者に明らかにしうる地位にあることをもあわせ考えると、本件印刷物の頒布による名誉侵害行為は、事前差止を相当とするほど高度の違法性を有しているものとは到底認めることができない。

三  結論

以上の次第であって、債権者の本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、保証を立てさせて右疎明に代えることも相当でないから、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当として却下を免れない。

よって、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 魚住庸夫 三上英昭)

<以下省略>

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